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こんばんは。相変わらずお久しぶり過ぎるMs. Bad Girl です。
『激情を越えて』の続きがやっとできました。内乱時の師父エピソードとか、イシュヴァール語とか、またまた捏造を含んでいますのでご注意ください。でも、今回が一番書きたかった所なので、管理人はほっとしてます。おそらく、あと1、2回で完結です。できれば年内に終わらせたいですが……。
最近更新が停滞しまくりで申し訳ないかぎりです(汗)。小説だけじゃなくて、スカーさんにまつわる雑談などでも、もっとこまめにアップできたらいいなぁと思いつつ……。とにかく、師父の素晴らしさと弟子のかっこよさ・かわいさを、ちまちま発信し続けようと思っていますw
それでは、つづきからどうぞ~。
――生きる苦しみ、か。
訴える弟子の言葉と共に、僧侶の脳裏にある情景がよみがえった。
――内乱が日に日に激化する中、イシュヴァラ教の総本山で開かれた高僧の合議。大僧正ローグ・ロウが上座に坐し、各地区で戦闘を指揮する高僧が名を連ねる。カンダ地区の代表として、僧侶もその場にいた。今後の戦略がひとまずまとまった頃、ローグ・ロウが重い口を開いた。
「皆も知ってのとおり、戦場では一人、また一人と武僧が倒れている。このままでは、戦を続けることすらままならぬ。そこでだ、このようなことを頼むのは心苦しいが……、各地区からシャヴァナを出してもらい、激戦区の守備に当たらせたい」
その言葉に、皆がざわめく。「シャヴァナ」とは、入門して2、3年の若い――というよりはまだ幼い武僧見習いを指す言葉だ。熟練の武僧が戦に倒れ、すでに本来の成人年齢に満たぬ15、16の見習いたちが戦地に駆り出されている。成人を目前にした武僧見習いが戦いに出ることは今までにもあったが、シャヴァナを出すなど、まったく前例がない。大僧正はぽつぽつと、しかしよく通る声で先を続けた。まるで、自らの責任の重さを噛みしめるように。
「決して、シャヴァナに攻めはさせぬ。各々の判断で、優秀な者を選んでくれ。聖地を担う若き命だ。可能な限り、死なせたくない」
大僧正の言葉に皆暗い視線を落としたが、反対する者はいなかった。居合わせた高僧が、大僧正に向かって一斉に頭を下げ、恭順の意を示す。僧侶はただ一人、冷静に、しかし毅然として訴えた。
「大僧正、どうかお考え直しください! たった今おっしゃった通り、シャヴァナはイシュヴァールの未来を背負う者たちです。12、13では力が十分に備わっておらず、無駄死にさせることは明々白々。武僧とは、何があってもこの地を守り抜くもの。そのためにこそ、武僧には長く厳しい修行が課せられるのではありませぬか。若輩者を戦場に駆り出さずに戦い抜く術を考えることが我ら高僧の使命――」
僧侶が言い終わらぬうちに、武闘派の高僧が次々と声を張り上げる。
「大僧正のご英断に、物申すとは何事だ!」
「貴様、戦ですぐに死ぬような修行しか、弟子にさせてこなかったとでも言うのか?」
「命を投げうってイシュヴァラに仕えることこそ、武僧の本懐ではないか!」
アメストリスに対する憎しみと怒り、そして圧倒的に不利な戦況への焦りが、高僧たちから理性を奪っていた。僧侶の言葉に耳を傾ける者など、誰一人としていない。問い詰められて上座を見やると、ローグ・ロウは静かに問いかけた。
「お主の言うことはもっともだ。しかし、現実を見よ。蹂躙される我らが民の苦しみに耳を傾けよ。お主……、弟子の命と民の命、どちらが重いと心得る?」
高僧たちの激情、そしてローグ・ロウの紅き目に浮かんだ悲痛の色が、僧侶の胸を穿つ。やり場のない悔しさを抱え、僧侶は上座に向かって深く礼をした。
「己よりも民の命を重んじ、守ることこそ、武僧の使命と心得ておりまする……」
しかし、大僧正の言葉が守られることはなかった。本修行に入って間もない弟子たちは、次々と最前線に送られていった。絶望的な戦況の中、捨て駒のように攻撃に回され、そのほとんどが幼い命を戦場に散らせた――。
――今なら言える。命に重きも軽きもないのだと。武僧は民の命を守らんがために、誰よりも己の命を軽んじてはならぬのだと。しかし、今では遅い。儂はあの時、大僧正に嘘を申し上げた。己に嘘をついた。そして何よりも、我が弟子に嘘をついた。儂を信じ、高い志を抱いて修行に励んでいた弟子たちを、儂は裏切った。守れなかった。その上、己はいまだに生きている。生き地獄のような、この生を。生きている限り、この裏切りの罪は消えることがない。しかし、いや、だからこそ……。
畏れおののく弟子を、僧侶はきっと見つめた。「生きよ」という言葉がこの弟子にとっていかに残酷な言葉であるかは、よく分かっていた。己が愛し、己を愛してくれたものを一瞬にして失った者に、なおも「生きよ」と言うのはおごりなのかもしれない。さらなる傷を負わせてしまうかもしれない。それでも、生きてほしかった。生きなければならないのだ。たとえそれが、「死よりも残酷な生」であったとしても。
「お前が修行を積んでいたころ、儂はお前に何と教えた?何のために、お前を鍛え上げたと思っている?! 大切な家族、同胞、神の地。それを守るために戦い、どうしろと? 戦って死ねと、一度でもそのようなことを言ったか? いや、儂は生きよと言った。何があろうとも、生き延びよと。そして、お前は生き延びたのだ」
「しかし己れは……己の力で生き延びたのではなく、兄の命で……。その命を使って、罪を重ね……。ゆえに、己れは……」絞り出すような低い声が漏れる。
「ゆえに、逃げるのか? 死という隠れ家に。己の傷から目を背けて。死者の声に耳を閉ざして」
男は我に返り、ふと、師の顔を見た。燃えるような紅き目に、怒りと厳しさが混ざったような、激しい感情が映っていた。師がこのような感情をあらわにするのを、初めて見た気がする。
――師父?
それは男に向けられたと同時に、師が自身に向けているものである気がした。なぜかは分からない。ただ、この師は己などよりも遥かに大きな荷を背負ってあれからの日々を生き、強靱な精神力でその重みに一人耐えているのではないか。そんな考えが心をかすめた。
だが、やがてその炎は影をひそめた。師は再び淡々とした口調で、男を諭すのだった。
「もしお前が心から己の罪を悔い、償おうというのなら、命を捨てることなど、決して考えてはならぬ。一瞬たりともだ。お前は、己の生を憎んでいてはいけない。恐れてはいけない。目を背けてはいけない。それでは、同胞を認めさせることも、この国を変えることも、何もできぬ。世を変えるには、まず己が変わらねばならぬのだ」
師の言葉の一つ一つが、本質を突いていた。痛いほどに。息が詰まるほどに。その鋭さに立ちすくんでいると、師がまた口を開く。
「己に生きている価値がないなどと言う前に、己の姿をよく見ろ。こんなに、傷ついて……」
「己れは、傷ついてなど……」
言葉に込められた温かさを受け入れるのが恐かった。胸の奥底を、揺さぶられてしまうようで。
「もういい。もう、これ以上、己を傷つけるな。兄が全てを賭してお前に託した、かけがえのない命ではないか……」
師の言葉が耳に届いたそのとき、あの日からずっと心の奥にしまい込んでいた言葉がよみがえった。
――「生きろ。死んではいけない」
意識が途切れる最後の瞬間、もうろうとする頭に響いた大切な兄の最期の言葉。兄の遺言を忘れていたわけではない。思い出さないようにしていたのだ。思い出してしまうと、希望というよりは呪いのように思われてしまいそうでならなかったから。兄の言葉が引き金となり、男の中で、何かが決壊した。長い時間をかけてため込み、人にさらすことも、感じることも、自分自身に認めてこなかった「何か」が。
男は膝からくずおれた。とうに干上がったと思っていた紅き目から、止めどもなく熱い水が流れ出る。必死でこらえようとしても、己の感情は主の声に耳を貸さない。ただただ狂ったように暴れ続け、激しい叫びとなって男の口から溢れ出ていった。
――己れの心は、こんなにも弱かったのだろうか……。同胞の中で過ごすうちに、気が緩んでしまったのか。
沸き起こる嗚咽の中で、男の脳裏を様々な思いが巡る。あれから、一滴の涙も流さずに生きてきた。誇り、優しさ、弱さ、悲しみ、苦しみ、痛み。あらゆる感情も尊厳も、自分にはもう無用のものだと思った。そんなものを持っていては、迷いが生まれ、気が狂ってしまいそうだった。心にたぎるは、憎しみと怒りのみ。そんな己が、こともあろうに師の前で号泣するとは。幼い頃から自分のことを知っているとはいっても、師は親とは違う。この方の前では、常に強くあらねばならない。決して、甘えたり、涙を見せたりしてはならない。この師に出会った幼き日に、そう決めたはずだった。しかし、師とは結局、弟子の弱さも、迷いも、悲しみも、全て見透かしているもの。弟子が取り繕ったところで、何の意味もないのである。ある時は寄り添い、またある時は突き放し……。そうやっていつも自分を教え導く師は、決して超えることのできない大きな存在だった。そして、幼いころから武僧としての修行を積み、あの日に家族を失った男のことを、師はこの世の誰よりも理解しているのだと感じた。
悲しみの波の彼方、男の胸に遥か昔の光景がよみがえる。自分はまだほんの子どもで、丘の上から僧院の尖塔を見つめている。隣には、誰よりも大切な――あの人の姿があった。
――「あのさ、おれ……、武僧になりたいって、思ってるんだ。……にいさんは、大きくなったら何になりたいの?」
――「ぼくは、学者さんになりたい。もっともっと勉強して、いろんなことを知って、みんなが争わなくてもいい世界を作りたいんだ。おまえは、なんで、武僧になりたいの?」
――「それは……、ここに住んでる人たちを、まもりたいから……」
――「じゃあ、おまえは強くなって、平和を望む人たちを守るために自分の力を使うんだよ」
――にいさん……。
――「武僧は戦う人じゃなくて、守る人だから」
――何があってもおれは、にいさんの夢を……。
――兄者、己れはあの時決めたのだ。武僧として、兄者と、兄者が抱いた平和への夢を守り抜こうと。そのために、己の全てを捧げようと。いつしか己れはそれを忘れ……、内乱という現実の中で憎しみに惑わされ、兄者の理想を「夢物語」と切り捨てた。そして、全てを失った今、己れはようやく兄者の理想に向き合うことができる。今からでも……、遅くはないのか?
どれくらいの間、泣いていたのだろう。実際にはわずかな時間だったのかもしれない。しかし男には、途方もなく長く感じられた。師は何も言わず、ただただ、男のそばに立っていた。そしてやがて、静かに声を掛ける。己の感情に飲み込まれていそうになっている男に、そっと、手を差し伸べるように。
「泣くことは、弱さの証ではない。背負っている荷を、降ろすことだ。お前はこれから、己の罪に加えて、イシュヴァールの民の命運を背負うことになる。その荷は決して軽くはないぞ。だから、余計な荷は、もう背負わなくていい。激情も、恨みも、己への憎しみも、すべてここで降ろしていけ」
悲しかった。ただ、悲しかった。愛するものを奪われたことが。己がそれを守れなかったことが。
「己れがあの時、あの時兄をかばってさえいたら……。己れはそのために……。師父……、己れ……は……」
「分かっている。もう、何も言うな」
差し出された師の一言は、大きな掌(たなごころ)のように、男の悲しみの全てを包み込んでいた。
慟哭する弟子を見守る僧侶の胸は、奇妙な安堵感に満ちていた。己の前で泣いているのは、憎しみをたぎらせる復讐鬼でもなければ、聖地を背負った武僧でもなかった。ただ、家族を奪われた一人の人間として、弟子は泣いていた。己の悲しみの全てをさらけ出して。
――ああ、お前はやっと、己のために泣くことができたのだな……。
弟子の震える肩に、そっと、手を置く。その温もりに応えるかのように、荒れ狂っていた感情は次第に収まっていった。地面を見つめたまま身動きせぬ弟子に、僧侶は語りかけた。
「お前は、己の憎しみに呑まれて朽ち果てるような者ではない」
弟子がはっと振り返り、こちらを見上げる。潤んだその紅き目には、驚きが映っていた。
「儂はお前を、そのような弱き者に育てた覚えはないからな」
そう言って微笑みかけると、弟子は小さくうなずいた。
――神よ、あなたがこの者に与えた役割は、憎しみに我を失った復讐鬼などではない。私はずっと、そう信じておりました。
僧侶が空を仰ぎ見ると、紺碧の空に暁が薄紅をさしていた。
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プロの翻訳家を目指し、バベル翻訳大学院で文芸・映像翻訳を専攻中。
好きなもの・こと
●『鋼の錬金術師』のスカー
●洋楽 THE BEATLES、 QUEEN、 VAN HALEN、 DEF LEPPARD ANGRA、 NICKELBACK、 AVALANCH(スペインのメタルバンド)etc
●読書(マンガ含む)
本:Sherlock Holmes、浅田次郎、言語・翻訳関連の本
マンガ:『鋼の錬金術師』、『るろうに剣心』、『ぼのぼの』、手塚治虫
●剣道
●言葉・語学好き。洋楽の訳詞家・翻訳家志望。