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こんばんは。
先週アップした4章の続きです。殲滅戦前夜で、弟子が20歳ぐらい。一人前になってます。
第5章では場面が現在に戻り、坊やとかマルコーさんが出てきます。多分また間が空くと思いますが・・・・・・。
それでは、つづきからどうぞ。
内乱が始まって7年が経った。混乱の中で弟子たちは一人前の武僧になり、次々と最前線に赴いていく。長年にわたって後進の指導に携わってきたが、この手で育てた弟子を初めて戦地に送り出す時はいつも心が痛むものだ。それが武僧として避けられぬ定めと分かっていても、師としての情がうずく。生きよ。この地を守るために生き延びよ。ただそれだけを願い、儂は今までお前たちを鍛え上げてきたのだ。
お前もまた、そんな中で一人前になった。生きる意志を決して忘れず、何度も死地をくぐり抜けたお前は、神の地の守護者としての使命に燃えていた。お前が戻ってくるたびに、武僧たちはその雄姿をたたえたが、お前が武功を上げれば上げるほど、その心が炎に焼かれていくのが儂には分かった。国軍兵がイシュヴァールで行った数々の非道な行い。日に日に激しさを増す戦で、数知れぬイシュヴァールの民の命が奪われ、あまたの武僧が死んでいった。その中には儂の弟子も、お前の同輩もいた。凄惨な戦いを目の当たりにした若き弟子の心では、憎しみという名の炎が燃えたぎっていたのだった。
その頃から、お前はひどく思い悩むようになった。根が優しいお前のことだ。使命感を抱いて戦に出るものの、決して好んで戦をするような者ではない。己の中に渦巻く憎しみや怒りと、本来持っている優しさの狭間でお前は必死に葛藤しているのだと思った。しかし、それだけではなかったのだ。お前の心を内側から苦しめていた葛藤とは・・・・・・。
「兄が・・・・・・、あの忌まわしき錬金術に傾倒しているのです」
お前がそう打ち明けたのは、静かな晩のことだった。いつもは夜になってもどこかしらで砲弾の音が響いているのに、この時は一切の攻撃が止み、不気味なまでの静けさが辺りを包んでいた。お前は思い詰めたように地面を見つめ、半ば独り言のようにつぶやいた。錬金術はアメストリスで盛んな技術で、様々な分野に幅広く用いられているらしい。しかし、万物の姿を変えてしまうため、イシュヴァールでは神に背く業として忌み嫌う者がほとんどだった。内乱が勃発してからというもの、錬金術に対する反感は強まる一方だ。それでも中には、新しい技術をイシュヴァールのために役立てようとする者がおり、人目を避けるようにひっそりと研究を続けているという。
「数年前から研究を始めたのですが、次第にのめり込むようになり、己れがやめるよう諭しても耳を貸しません。最近では東の商隊を通じて本を入手し、シンの錬金術にまで手を広げているのです」
お前は多くの民と同様に錬金術を嫌っていたが、兄の研究について話すお前の目に映っていたのは、怒りや憎しみではなく悲しみだった。幼いころから、お前はよく兄のことを話していた。自分の自慢話をするところなど一度も聞いたことがなかったが、兄のこととなると、とたんに得意気に話すのだ。イシュヴァールでは同じ村に住む者同士は家族同然につきあうので、儂もお前の兄のことは知っていた。弟のお前が話す通り、学問と書物を愛し、温厚で心の広い青年だ。あの青年が錬金術という新たな技術を熱心に学ぶのは、至極当然のことに思われた。
「おおらかで勤勉なお前の兄のことだ。正しき考えがあってのことなのだろう?」
「正しきも何も!! 錬金術は万物を異形へと変える・・・・・・」
己の中に巻き起こるいらだちと怒りをかみ殺すように、お前は歯を食いしばった。
「なぜ、それほどまでに兄の研究を忌み嫌うのだ」
「何をおっしゃるのですか、師父! 錬金術は神の意思に背く業でしょう!」
「いや、イシュヴァール人が錬金術を嫌うのは、神の意思に背くからではない」
「は・・・・・・?」
「お前にも、分かっているはずだ」
「・・・・・・」
「憎いからだ。この地を脅かすアメストリスが憎いゆえに、アメストリスの技術である錬金術をも憎んでいる」
「神の地を蹂躙する奴らの技術など!!」
「神の意思に背いているのは、錬金術という技術ではない。我らを虐げるアメストリスの理不尽こそが、神の道から外れているのだ」
「しかし、国軍は近く国家錬金術師を人間兵器として用い、この地を焼き滅ぼすとのことです。 このような時に錬金術を研究するなど、兄はどうかしている!」
弟子は憎しみを抑えきれずに、声を荒らげた。大切な兄を非難することは、お前にとって何よりも辛かったに違いない。憎しみに押し流されて、かけがえのないものを失ってはならぬ。
「お前は、兄が錬金術を使って何をしようとしているか、考えたことがあるのか」
「そのようなことは考える必要もありません! 問題は兄が錬金術を・・・・・・」
「質問に答えよ。お前の兄は何と言っている」
「・・・・・・この世の大いなる流れを知り、正しき知識を得たい。人を幸福へ導く技術として錬金術を学んでいる、と・・・・・・」
「そうか。お前は我らの存在を否定する者たちを憎むあまり、正しき心を持った兄の研究までも憎むのか」
弟子は言うべき言葉を探すようにうつむいた。お前とて心の底では、気高く正しい兄の志に望みを託したかったはずだ。しかし、望みの灯火を無残にかき消してしまう過酷な現実。お前はその現実に憤り、理不尽を憎んでいた。それでも、ただ憎むだけでは世の流れを変えることはできない。
「確かに、あらゆる物を一瞬にして他の物へと変える錬金術は、神が創りしこの世界の流れを変えてしまう。だが、この世の負の流れを正の流れに戻すためだとすれば、それは神の意思に背くとは言えぬ」
「師父まで何ということを・・・・・・。巷ではアメストリスが我らの同胞を虐殺しています。そのような奴らの使う錬金術が神に背く業であることなど、イシュヴァールの民なら幼き子どもでも分かることではありませぬか!!」
「いや、違う。お前は憎しみに凝り固まり、神の意思を見誤っている」
「ですが師父、師父は憎くないのですか! 罪もなき少女の命を奪い、我らが神から賜ったこの地を荒らし、民の血で赤く染めているアメストリスが!! あんな奴らのことを、憎むなとおっしゃるのですか!!」
むろん、儂とて憎かった。仲間、弟子、そして大勢の民。大切な者たちを殺した相手を、絶大な力を振りかざす輩の理不尽を、憎まずにいられる人間などいない。だが、己の憎しみに堪えなければ、神の地を守る我らはただの修羅になり果ててしまう。弟子の憤怒を受け止めつつ、儂はゆっくりと言葉を紡いだ。
「武僧とは、神に仕え、この地を守る者。常に神の意思と向き合い、誰よりもその意思を見定めなければならぬ。世に渦巻く激情に流されていては、神の意思を見抜くことはできない。憎しみや恨みを抱くだけでは、お前はやがて、全てを見失ってしまうだろう」
「しかし・・・・・・」
「何を惑わされている。神の意思を、兄の真意を見極めよ」
言葉が見つからずに、お前は黙り込んだ。まっすぐで優しい心を持つこの弟子なら、やがて激情の果てにある真実を見抜くことができよう。儂はそう信じていた。
沈黙が夜闇に張りつめ、静寂が空間を満たす。やがて、弟子は迷いを振り払うように遥かな地平線を見つめ、振り返らずに口を開いた。
「・・・・・・己れの使命は、神の地と民を守ること。全てを投げ打ってでも、この使命だけは必ずや果たしてみせます」
そう言い残すと、お前はその場を去っていった。アメストリス史上初めて国家錬金術師が投入されたイシュヴァール殲滅戦が開始されたのは、その翌日のことであった。
武僧を志すと決めた幼き日から、お前はイシュヴァールを守るためだけに生きてきた。弱音を吐かず、振り返らず、どのような困難にも堪え、己の全てを捧げて。しかし、守れなかった。守るべき者の命と引き換えに、自身が生き残ってしまった。その苦しみや悲しみはいかばかりのものであっただろう。全てを失ったお前は、強固な決意で復讐という修羅の道を歩いて行ったのだな。自分が受けた痛みを、痛みとも思わずに。そう、お前はいつもそうだった。独りで全てを背負い込み、師の言葉を聞き入れずにひた走る。誰よりも強い意志を持つがゆえに。誰よりも高い志を持っていたがゆえに。
--お前は儂の・・・・・・、不肖の愛弟子だった。
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プロの翻訳家を目指し、バベル翻訳大学院で文芸・映像翻訳を専攻中。
好きなもの・こと
●『鋼の錬金術師』のスカー
●洋楽 THE BEATLES、 QUEEN、 VAN HALEN、 DEF LEPPARD ANGRA、 NICKELBACK、 AVALANCH(スペインのメタルバンド)etc
●読書(マンガ含む)
本:Sherlock Holmes、浅田次郎、言語・翻訳関連の本
マンガ:『鋼の錬金術師』、『るろうに剣心』、『ぼのぼの』、手塚治虫
●剣道
●言葉・語学好き。洋楽の訳詞家・翻訳家志望。