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お待たせしました。第6章の前半です。本当は全部書き終えてからにしたかったんですが、終わらなかったし、見通しはついたんで途中までアップします。全体的にシリアスなので、最後の方でギャグを入れました。師父に実はこういう一面があったらいいなぁ。
前半っていうか、前置きがやたら長くなってしまいました。本題は後半で!!
久しぶりのアップなので、感想などあったらぜひ! つづきからどうぞ~。
再び誰もいなくなった小屋の中で、僧侶はあぐらをかき、瞑想に耽っていた。まぶたの裏に浮かぶのは、6年前、戦禍をくぐり抜けて逃げ延びた南での光景――。
「おお、シャンではないか! 無事だったのか!」
「ああ、何とかな。しかし、カンダは焼け野原だ。もう・・・・・・、何も残ってはいない」
「そうか・・・・・・。しかし、生きてさえおれば・・・・・・。とにかく、無事で何よりだ」
僧侶が老婆の肩に手をおくと、しわの刻まれた顔が力なく笑った。
「お前さんは、立派だ。このような時でさえ、生きる希望を失わぬとは」
「弟子たちに『常に生きる意志を忘れるな』と教えている者が、生きることをあきらめるわけにはいかんのでな」
それを聞いたシャンは、痛みをこらえるように視線を落とした。
「実は、私は本来ならとっくに神のもとへ行っているはずだった。この命は、あるお医者様にいただいたようなものだ」
「カンダに、医者が残っていたのか? みな、逃げたのでは?」
「アメストリス人の・・・・・・、医者夫婦だ」
僧侶ははっとした。イシュヴァールでけが人の治療にあたっているアメストリス人の医者がいると、人づてに聞いたことがある。アメストリスへの憤りと憎しみが渦巻くイシュヴァールで医者の本分を貫くには、どれほどの強固な意志と崇高な志を要しただろう。
「それで、その医者夫婦は?」
僧侶が問うと、シャンは雷に打たれたように硬直した。やがて、細い手がわなわなと震え出す。
「どうしたのだ、シャン? その医者夫婦は・・・・・・」
「殺された」
その一言は空虚に響き、辺りの空気に消え入るかのように感じられた。
「何?」
「殺されたのだ・・・・・・、イシュヴァール人に・・・・・・」
僧侶は言葉を継ぐことができなかった。いかに過酷な現実でも受け入れ、その中で己がどう生きるかを常に見定めてきた僧侶だったが、この時ばかりは、目の前の現実が嘘であればいいと願わずにはいられなかった。
「我らが民が? 一体何者がそのような理不尽を・・・・・・」
老婆の顔が青ざめていく。それが分かっていても、真相を知りたいという欲求を、僧侶は抑えることができなかった。
「教えてくれ、シャン! 誰だ、誰なのだ、そのようなことをしたのは!」
その時、老婆に代わって傍らに立っていた少年が口を開いた。
「そのお医者様は・・・・・・、ロックベル先生は、助けた患者に・・・・・・」
少年のきゃしゃな身体が、恐怖と怒りに打ち震えていた。その姿を見て我に返り、僧侶は傷を負った者の前で激昂した己を恥じた。
「そうか・・・・・・。無理に問い詰めてすまなかった」
少年をなだめるように、シャンが肩に手を回した。そうして僧侶を見上げた老婆の紅き目には、先ほどとは別人のように固い決意が宿っていた。
「いや、いいのだ。お前さんには、私が見たことをありのままに話しておいた方がいいと思う」
少年が不安げにシャンの顔をのぞき込む。
「シャン様、大丈夫ですか?」
「ああ。お前さんにこれを話すのは心苦しいが・・・・・・、ロックベル先生の命を奪ったのは・・・・・・、若い武僧だ。お前さんの、弟子かも知れん」
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。目の前が、真っ白になった。絶望し、混乱し、もう少しで取り乱してしまいそうな己を、僧侶は必死で律した。畳みかけるように、シャンの話が続く。
「あの者は血まみれで担ぎ込まれてきた。体格からして、一人前の武僧ではないかと思う。一人前の武僧があのような重傷を負うということは、おそらく、国家錬金術師の攻撃を受けたのだろう。気を失っていたのだが、気が付くと同時に錯乱し、激しく暴れ出した。『国家錬金術師、アメストリス人、許さん・・・・・・。貴様らに・・・・・・』。私には、そう言ったように聞こえた。そして、近くにあったメスを手にしてロックベル先生を・・・・・・」
そう言いかけて、シャンは再び震え出した。僧侶はかがみ込んでその小さな身体を優しく両腕に包み、なだめるように言葉をかけた。
「よく、話してくれた。ありがとう」
「右腕全体に、刺青をしていた。あの者がどこへ行ったかは、私にも分からん」
刺青? 右腕に刺青をした者など、我が弟子にはいない。そう思ってかすかに安心してしまった自分は卑怯だろうか。そんなことを考えているうちに、老婆の涙が己の衣を濡らした。
「アメストリスが憎い。しかし、全てのアメストリス人が悪ではないことを私は知っている。あの医者夫婦・・・・・・、ロックベル先生は、全てを捧げて、我らを救って下さった。イシュヴァールとアメストリスが理解し合えると、最期まで信じておられた。若き武僧にその命を奪われる瞬間まで。ゆえに、いかなることがあろうとも、私は決してあの者が許せん。何があったかは知らんが、己を救った相手を手にかけるなど。あれは神に背き、イシュヴァールの名を汚した。我らイシュヴァール人の汚点だ! 傷だ!!」
シャンの涙声は、いつしか怒号に変わっていた。豊富な経験と知恵を持ち、皆の尊敬を集める古老がこれほど怒りをあらわにする姿を、僧侶はこの時、初めて目にした。
南のアエルゴがイシュヴァール人に門戸を閉ざしたと知ったシャンは、少年と共に東へと逃げていった。それ以来、シャンとは会っていない。別れ際にシャンが口にした言葉がよみがえり、悲痛な声となって僧侶の胸に響いた。
「すまない。私たちは、あれを・・・・・・、止められなかった・・・・・・」
――その「あれ」が、お前だったとは・・・・・・。本当に、何と愚かなことを。己の激情を律しなければならぬと、あれほど言い聞かせたではないか。そして、儂は結局、お前を止めてやれなかったのだな・・・・・・。
あの日から6年、あの弟子は怒りと憎しみに我を忘れ、忌み嫌った錬金術を会得し、大切な兄の研究を使って復讐に身を費やした。あの医者夫婦の命を奪ったことは、紛れもない理不尽。弟子もそのことを深く悔やんでいる。一方、国家錬金術師に対する復讐は、あの弟子にしてみれば「正当な裁き」だったのだろう。しかし、両方とも本質は同じ。激情に支配されて人の命を奪うという、愚かな行為に過ぎない。シャンがあの弟子のその後を知ったら、やはりイシュヴァールの名を汚したと言うに違いない。それでも弟子は、長い修羅の道の果てに、己の誤りに気付いた。もともと意志の強いあの弟子のことだ。これからは脇目もふらず、兄の研究を完成させるために邁進するのだろう。
――しかし・・・・・・。
あの内乱を引き起し、影で操っていたという「ホムンクルス」と呼ばれる人ならざる者たち。「ホムンクルス」の計画のもと、あの内乱では数知れぬイシュヴァールの民の命が奪われ、中には「賢者の石」の材料にされた者もいたという。その「賢者の石」はイシュヴァール殲滅戦に使われ、あの弟子の家族を含め、さらに多くの民の命を奪った。そして今、「ホムンクルス」はこの国の民の命を使って、何かを成そうとしているらしい。あの弟子の兄の研究は、それを阻止するためのものだというが・・・・・・。あの弟子にとって、それは新たな「復讐」になりはしないだろうか。対象が「国家錬金術師」から「ホムンクルス」に移ったというだけで、あの弟子を突き動かしているのは、やはり・・・・・・。
――弟子よ、お前の復讐心は、本当にもう消えたのか?
「師父」
聞き慣れた声に目を開き、僧侶は戸口を見やった。
「マルコーを連れてきました」
「ああ、入れ」
大柄な弟子に続いて入ってきたのは、小柄な中年の男だった。緊張しているのか、すこし落ち着かない様子だ。
「初めまして。ティム・マルコーと申します」
一礼してこちらを見たその顔に、僧侶は密かに驚愕した。皮膚はただれ、片目はつぶれ、口は大きくゆがんでいる。これが弟子の手によるものだと思うと、暗澹たる気持ちになった。先ほど弟子と交わした会話を、静かに反芻する。
「・・・・・・己れはマルコーや他の者と共に研究書を解読しました。そして逆転の練成陣を発見し、その発動に同胞の力を借りるべく、マルコーと旅をしてきたのです」
そこで弟子は言葉を止め、気まずそうに視線をそらした。
「お前、その医者のことで、何か儂に隠していることがあるな? 全て話せと言ったはずだ」
弟子は暗い視線を床に落としたまま、重々しく口を開いた。
「実は・・・・・・、研究書を隠した北に向かう際、マルコーの顔の表面を破壊したのです」
「破壊の錬金術でか? なぜ、そのようなことを?」
「追手に気付かれぬよう、顔が分からない方が良いと思い・・・・・・」
「それだけか? 追手のことを考えるなら、お前のその傷の方がよほど目立つのではないのか」
「師父、それは・・・・・・」
弟子が生傷に触れられたかのように顔をゆがめる。
「己れは、追手に気付かれても自分の身は自分で守ることができますが、マルコーは・・・・・・」
「弁解は聞きたくない」
僧侶は厳しい口調で弟子の言葉を遮った。
「堪えられなかったのだな?」
その言葉に、弟子は顔を上げた。罪の意識と恐れが入り交じった表情だった。
「その医者は、内乱でイシュヴァールの民を使った賢者の石の製造や人体実験に従事させられていた。そして、その石を使った攻撃によって、お前の家族の命が奪われた。お前は内乱の真相や研究書の全貌を知るために、その医者を殺さずに生かした。その医者が自らの意思に反して内乱に加担し、そのことを深く悔やんでいると知ってもなお、お前は己の憎しみに堪えることができず、医者の顔を破壊した。違うか?」
弟子は何も言わずに僧侶の言葉を聞き終えると、力なくうなずいた。
――お前は本当に、堪えることを学んだのか?
「こちらこそ、初めまして。よくいらっしゃいました。大まかな話は弟子から聞いております」
小屋に迎えられた弟子と医師は、僧侶と向かい合うようにして座った。僧侶の穏やかな人柄に安心したのか、医者は小さく微笑みを浮かべた。一方の弟子は一刻も無駄にしたくないと言わんばかりに、早速話を切り出した。
「それでは早速、今回の計画の話を・・・・・・」
はやる弟子を抑えるように、僧侶がおもむろに片手を挙げる。
「まあ、そうあせるな。お前に一つ、頼みたいことがある」
「はい、何なりと」
「あの少年の家に行って、菓子をもらってきてくれ」
「は・・・・・・?」
あっけにとられる弟子をよそに、僧侶は続けた。
「せっかく客人が見えたのに、ここにはもてなせる物が何もない。あの少年の母親は、菓子を作るのがうまくてな。今度作ったら分けてくれと頼んでおいたのだ。確か、今日作ると言っていたはずだが・・・・・・」
弟子は黙って聞いていたが、いよいよこらえきらなくなって声を荒らげた。
「何をおっしゃっているのですか、師父!! こんな時に菓子など! 己れもマルコーも、もてなしなど不要です!!」
「いやいや、こんな時だからこそだ。お前はまだしも、マルコーさんは大切な我が客人。それにお前はどうも、ことを急ぐあまり余裕がなくなっていかん。あせることはない。菓子などつまみながら、ゆっくりと策を練ろうではないか」
「しかし・・・・・・」
戸惑う弟子に向かって、僧侶がいたずらっぽく微笑む。
「それに、お前も知っての通り、儂は甘い物に目がないのだ」
弟子はあきらめたようにため息をつくと、音もなく立ち上がった。
「己れがいなければ、話が進まぬではありませんか」
いらだちを隠すように背を向けたまま、不満げな声で言う。
「儂は錬金術に関しては全くの門外漢だ。お前が戻ってくるまで、マルコーさんから講釈をしていただこう。さあ、行ってきてくれ」
「すぐに戻ります」
そう言い残して、弟子は足早に立ち去った。
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プロの翻訳家を目指し、バベル翻訳大学院で文芸・映像翻訳を専攻中。
好きなもの・こと
●『鋼の錬金術師』のスカー
●洋楽 THE BEATLES、 QUEEN、 VAN HALEN、 DEF LEPPARD ANGRA、 NICKELBACK、 AVALANCH(スペインのメタルバンド)etc
●読書(マンガ含む)
本:Sherlock Holmes、浅田次郎、言語・翻訳関連の本
マンガ:『鋼の錬金術師』、『るろうに剣心』、『ぼのぼの』、手塚治虫
●剣道
●言葉・語学好き。洋楽の訳詞家・翻訳家志望。