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『鋼の錬金術師』のスカーに惚れてしまったMs. Bad Girlによる、スカーファンブログ。初めてご覧になる方は、冒頭にあるのサイトの説明を読んでから閲覧をお願いします。無断転載禁止。               Since 2011/09/19
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7章後編その2です。つづきからどうぞ。

「お前は今まで、その体に流れる血ゆえに、己を貶めて生きてきたのか。自分は、純粋なイシュヴァールの民ではないと」
「そんなんじゃねーけど・・・・・・、オレは、ちゃんとしたイシュヴァール人じゃないから・・・・・・」
  少年の声が尻すぼみになる。
「そうして、いつまでも血に縛られている気か」
「え?」
  不思議そうに顔を上げる少年から目を離し、男は数歩前に出た。夜風がロングコートの裾を揺らす。男はどこまでも広がる夜闇を見つめながら、ある出来事を思い返していた。北の炭鉱の町にある廃墟で、己の考え方、ものの見方、運命さえも変えてしまった、ほんの一瞬の邂逅を。

――「なぜ、イシュヴァールの血を引く者がアメストリス国軍に加担する」
――「この国の内側から、イシュヴァール人に対する人々の意識を変えるためだ」
――「・・・・・・そう易々と人の心が変わるとは思えん」
――「だが、混血の私だからこそできることがあるだろう。この身は、アメストリス国軍に投じられた一石であろう。投じられた小さな一石の波紋は、やがて大きな輪になる・・・・・・」

「・・・・・・先ほど師父に、マイルズという少佐のことをお話しただろう」
「うん。イシュヴァール系なのに国軍にいるヤツだろ。でもさ、アメストリスの考え方を変えるなんてえらそうなこと言っちゃって、そんなことできんのかよ? ほんとは単にアメストリス側にいたいだけなんじゃねーの?」
「ああ。己れも初めはそう思った」
「だろ? 国軍なんて信用できねぇよ」
「しかし、その少佐の言葉には覚悟が宿っていた。その人生の全てを賭して、この世を変えるという覚悟だ。あの紅き目には、偽りがなかった。あの男がそのような強い覚悟を持つことができたのは、アメストリスとイシュヴァールの混血として、物事を両面から見ることができるからだろう。己れは、そう思う」
「ふうん」
 少年の警戒心が少しだけ揺らぐのが感じられた。自らを囲っている壁のほんのわずかな隙間から、そっと顔を覗かせるように。しかし、まだ壁は開かれていない。少年の声が、再びかすかな緊張を帯びる。
「じゃあ、おっちゃんは、オレもそいつみたいにイシュヴァールとアメストリスの懸け橋になれって言うのかよ? オレはそんなこと――」
「いや。己れには、そんなことを言う権利はない。お前がどう生きるかは、お前が決めることだ」
 答えはなかった。反抗的な言葉とは裏腹に、少年の胸は悲しみと寂しさを抱えているのだろう。男はそっと振り返ると、十分に間を置いて、一つ一つ言葉を選びながら続けた。
「ただ、憎しみではない、別の道があることを、お前にも伝えたかった」
「別の、道・・・・・・」
 小さな声が、男の言葉をゆっくりと繰り返す。まるで、生まれて初めて聞いた言葉を、口に出して記憶に刻むような口調だ。
「でもさ、そんなもんどこにあるのさ? オレは、このスラムのことしか知らない。おっちゃんみたいにいろんなとこを旅したわけでもないし、マイルズってヤツみたいにアメストリスのこともよく分かんないし」
「いや。そんなことは、お前がこれからいくらでも学べばいい。お前にとっての『別の道』は、最も親しい人が持っているだろう」
「え・・・・・・? 母ちゃんのこと?」
 すぐに男の意図を汲み取った少年の言葉を聞いて、男はわずかに微笑みを浮かべた。
――やはり、お前は賢い。己れなどより、ずっと。
「ああ。アメストリスとイシュヴァールが分かり合い、共に生きるという理想だ。お前の母は、それを持ち続けている。いつの日か、お前に伝えるために。たとえそれが、自身とわが子を捨てた男のものであっても」
  少年が丸く紅い目で男を見上げている。その姿は、マイルズの高き志に触れた瞬間の己と重なった。あの時は相手が何を言っているかが瞬時には飲み込めなかった。ただ稲妻に打たれたかのごとく、強い衝撃が全身を駆け巡っていったことだけは覚えている。この少年も今この時、同じような衝撃を感じているのだろうか。

――「強く、実直で、同胞をいたわり、弱き者をいつくしむ心。――あの子は、入門した頃のお前と同じ目をしている」

  宴の席で少年を見守りながら目を細めていた師の言葉が、今ようやく理解できた気がする。親しい人を思うがゆえに憎しみに飲まれ、時として道を誤る。そうして仲間に支えられて、また立ち上がって・・・・・・。かつて自分を導いてくれた師のように諭してやろう、などとおこがましいことは思わない。ただ、この少年が己に似ているならば、似ているからこそ、決して同じ道を歩ませてはならないのだ。
「お前には、イシュヴァールの血とアメストリスの血の両方が流れている。お前がどう思おうと、それは変えることのできない事実だ。しかし、だからこそ、血に縛られ、己を貶めてはいかん。肌や目の色で人を判断するような人間にだけはなるな」
――かつての己れのように・・・・・・。

  寡黙な男が控えめながらも熱弁を振るったことに、少年は少し驚いたらしい。しばらく目を見開いていたかと思うと、思い出したように小さくうなずいた。
「うん。分かった。でも・・・・・・、オレにできるかな」
「ああ。きっと、できる。お前にしかできんことが、きっとあるはずだ。お前がこれから、それを探せ」
  少年の目には、感謝と敬愛の念が映っていた。それが自分に向けられていることに急に恥ずかしさを覚え、とっさに目をそらす。それと同時に、赤の他人であるはずの少年に対しこれほど親身になっていることに、我ながら驚きを隠せなかった。こんなに誰かのことを思いやったのは、いつ以来のことだろう。そんなことを考えて互いに黙り込んだまま、しばし時が流れた。
 
「おっちゃん」
  満天の星空を見上げながら、少年が不意に言った。男の存在を確かめようと色白の顔をこちらに向けると、月明かりで肌の白さがいっそう際立って見えた。
「ん?」
「全部終わったら、また、ここに戻ってきてくれる?」
  少年は不安げな顔で答えを促した。その目が潤んでいるのを見ると、言葉に詰まる。少年はしびれを切らしたように、声を荒らげて問い詰めた。
「なんで黙ってるんだよ? また、勝手に戻ってこいよ! 坊さんとかマルコーとかと協力して、アメストリスにイシュヴァールを認めさせて、そしたら、イシュヴァール人は昔みたいにイシュヴァールで暮らせるんじゃないのかよ! そん時は、おっちゃんも一緒だろ?」
「それは・・・・・・、分からん」
「なんで? おっちゃんがみんなを集めて、イシュヴァールを認めさせるんだろ? 錬成陣とか、難しいことはよく分かんないけど、一番頑張ってんのはおっちゃんじゃんか! イシュヴァールに帰った時におっちゃんがいないなんて、そんなの、オレが許さねぇ!」
 
――やれやれ・・・・・・。すっかり懐かれてしまったな。しかし、己れは・・・・・・。
  少年のあまりの真剣さが少しおかしくて、男は後ろめたさを感じつつもわずかに口元を緩めた。その笑みはむしろ、己への嘲笑だったのかもしれない。
 
「己れは・・・・・・、人から慕われるような生き方はしていない」
「んなもん知らねーよ!! おっちゃんが今までどんな風に生きてきたかなんて! とにかく、オレはおっちゃんが――」
「もういい。皆の元に戻ろう」
  男は感情を載せない声で、少年の言葉を遮った。
 
――いいか、リック。師父がおっしゃる通り、やはりお前は、己れに似ているのだ。頑なな面も、己では抑えきれぬ激情も。だが、お前はまだ汚れを知らない。全てを、己をも焼き尽くす憎しみの炎も。だからこそ・・・・・・、お前は別の道を行け。「傷の男」などを、慕ってはならん。
 
  冷淡な態度も、突き放して向けた背も、全ては思いやるがゆえに。決して語らぬ言葉を、胸の奥にしまい込んだまま。

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プロフィール
HN:
Ms. Bad Girl
性別:
女性
職業:
会社員
自己紹介:
都内に住む20代。

プロの翻訳家を目指し、バベル翻訳大学院で文芸・映像翻訳を専攻中。

好きなもの・こと

●『鋼の錬金術師』のスカー
●洋楽 THE BEATLES、 QUEEN、 VAN HALEN、 DEF LEPPARD ANGRA、 NICKELBACK、 AVALANCH(スペインのメタルバンド)etc

●読書(マンガ含む) 
本:Sherlock Holmes、浅田次郎、言語・翻訳関連の本
マンガ:『鋼の錬金術師』、『るろうに剣心』、『ぼのぼの』、手塚治虫


●剣道

●言葉・語学好き。洋楽の訳詞家・翻訳家志望。

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